2019年12月17日

『目覚め』へのステップ


今週の記事は『目覚め』へのステップについて書いてみます。


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書籍『黎明』にしても『今この瞬間への旅』にしてもこの手の本は、読み返していると以前読んだ時より本質への理解が深まった事により、新たな気づきが得られたりします。

---- エックハルト・トール著『ニュー・アース』 抜粋 ----

あなたの本質は意識です。意識(つまりあなた)が思考に自分を完全に同一化し、その本来の性質を忘れれば、思考のなかで自分を見失ったということです。

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と、どの本を読んでも同じ事が記されてます。


普段思考がうるさいことで感じ取れない自分の内にある常在なる『意識』は、思考が沈黙している時、『在る』という感覚で姿を現します。

最初のうちはこの『在る』という感覚がつかめないかもしれませんが、瞑想などで思考を観察する努力をしていると、あるとき感じとれるようになります。自分がそうでしたから…。


自分=思考・感情ではないと気づき、出来る限りこの『在る』と言う感覚に留まり、思考や感情を常に眺めている『意識』の方へ自分をシフトして行く。

これが『目覚め』へのステップです。


最近こんな記事ばかりですが、この『目覚め』を人生の最優先事項にしない限り、目覚める事はできないと、どの本に記されています。

普段、思考や感情と同化した(無意識という)生活を送ってきたわけですから、意識した状態で常にいるには最優先事項でない限りすぐに思考や感情と同化してしまう事は容易に理解できます。


では、人はなぜ目覚めに向かうのか。
興味のある方は書籍『黎明』に詳しく記されていますので是非お読み頂ければと思います。


前にも書きましたが、自分自身、最近思考している事に多々気づけるようになり、思考が沈黙している時間が増えてきました。

多少の進歩でも嬉しいものです。


今週の記事は以上です。

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2019年12月10日

『真のリーダーシップとは』マティ・エズラティ


今週の記事は、今通っているヨガワークスを立ち上げたマティ・エズラティさんのメッセージ『真のリーダーシップとは』について書いてみようと思います。

ヨガジャーナルの記事→『真のリーダーシップとは』

マティさんは今年の7月来日中にお亡くなりになられたそうです。お悔み申し上げます。

マティさんいわく、今日のヨガティーチャーはアーサナティーチャー(ポーズを教える先生)になってしまっていると伝えています。

本来ヨガとは、サマディ(悟り)に至る為のものであるのでマティさんの伝えている事はとても理解できます。

ただ、ヨガを始める人の多くは悟りを得ようとの考えでヨガを始める人はほどんどいないのが現状だと思うのです。
体を動かして健康でありたい。等の理由で始める人が大多数ではないかと...。

むしろヨガを始めてから、ヨガ哲学という言葉を知り、ヨガって悟りと関係があるんだ。と気づく人がほとんどじゃないでしょうか。

そうした方々にヨガ哲学を押し付けるのは無理があると思う一面、いずれはどの魂も解脱しなければならないという観点から言えば、多少なりともヨガを通して真理に触れられるのは良い点なのかもしれません。

自分自身、ヨガとは別に日常生活において目醒める(サマディに至る)為に内観に取り組んでいますから解脱するためにヨガにこだわる必要はなく、自分の合ったやり方が一番良いと思います。

ですのでヨガに関して言えばマティさんの言う「アーサナティーチャー」で十分なんじゃないかと最近はそう考えています。

本やブログ等で、解脱に至っているであろう人が書いたものを読んでいても、ヨガをしていたからと言う人は少数だと思いますし、逆に『あるヨギの自叙伝』のパラマハンサ・ヨガナンダ氏がアーサナをとっている画像を見た事がないというのもあり、現在多く普及しているヨガ=サマディ(悟り)へ至るもの、として関連ずけるのには無理を感じています。


書籍『黎明』に、芸能人がテレビ等で「私は、ガンになりました。」と公表したりしていますが、その行為は病気の治りを遅らせてしまう事になると言う話が出てきます。

理由は、何万人という人がその情報に触れた際に、「芸能人の○○さんはガンなんだ。」という強力な想念を集合意識上(精神階層上)に作り出してしまい。治るものも治らなくなってしまうという話や、

道路標識で「この先事故多し」という標識も、その看板を目にした多くの人たちが集合意識上(精神階層上)にこの先には事故が多いと想念を作り出してしまう為に、結果として事故が多発してしまうと言う話が出てきます。

それらの話をふまえて、現在「ヨガ」という言葉は、ヨガをしていない人でも多くの人が知っていると思います、ヨガ=ポーズ(アーサナ)という概念が集合意識上(精神階層上)に出来上がってしまっている為、もうそれを崩すのは無理であろと思うのです。

今通っているヨガワークスのスクールでも当然ヨガ哲学を学びますが、「本来のヨガとは解脱に至る為のものですよ〜。」ぐらいの認識でアーサナティーチャーになっていくのが普通の流れで、マティさんの伝えている事はよく理解できるのですが、解脱に関してヨガに執着する必要もないですし、逆に、ヨガスートラの「心の作用を止滅させる事がヨーガである」と言うのであれば、どんな解脱への道もヨガであるとも言えます。



さて、先週のヨガワークスの様子

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チャトランガ・ダンダーサナの手首の角度の話をしているところ。


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アド・ムカ・シュヴァナーサナのアジャストの講義。

写真はヨガワークスのFBからお借りしています。


今週の記事は以上です。

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2019年12月03日

感情のワーク


今週は、レナード・ジェイコブソン著 「今この瞬間」への旅に載っている感情のワークについて書いてみます。

感情を伴わない思考は観察しているだけで、おおよそ沈黙する事が多いかと思います。
感情を伴う思考は、自分自身がそれと同化してしまい、強く受けた感情なら尚更いつまでもその事について思考し、なかなか手放せなくなる事が多いのではないでしょうか。

心が揺らぐ事は何んらかの感情が伴っているので、その感情があると気づいて、その感情を持っている事を認めて、その感情を観察していければ、段々とその感情が治まってくる感覚が最近分かるようになってきました。

その前に、まだ自分の内にある解放しきれていない、怒りだったり、悲しみだったり、恐れだったりを手放すワークの方法が、「今この瞬間」への旅に載っていて、自分にはこれがなかなか良かったのでブログに書いてみます。

怒りの感情の場合、だれもいない一人の時に、怒りを口に出してボロクソ言う。という方法。
基本フレーズは「わたし(俺)はとても怒っている」で、その後は色んな事を思い出したりしてできるだけ怒りまくる。

そうしていると、だんだん笑えてきて。すごーく開放された感が体験できます。
「今この瞬間」への旅では、これを『怒りの瞑想』という呼び名で最低1ヶ月間は毎日する事をススメています。

自分はたまにこの『怒りの瞑想』をやりますが、知らず知らずにたまった感情が解放されて気持ちが良いです。

悲しみの感情も同じように、誰もいない一人の時に、思い出してワンワン泣いていると次第に笑えてくるので、解放しきれていなかった悲しみも洗い流す事が出来ます。

いつまでも不要な感情が心に残っていると、その感情について思考が働きだし、『今この瞬間』に留まって居なかったことに気づきます。

ですので不要な感情が自分の内にあるならドンドン手放していくしか無いのです。

たいがい不要な感情と言うのはネガティブな感情がほとんどなので、そういう感情をいつまでも持っていれば身体の不調として表れて来る事もあるそうです、ですので不要な感情を手放して行く作業は健康面でも理にかなっていると捉えています。


今週はヨガワークスのFBが更新されていませんでしたので、ヨガスクールの様子はオアズケです。


今週の記事は以上です。

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2019年11月26日

過渡期


今週は今自分自身の内側に感じている変化を書いてみようと思います。

先週、「思考が停止出来ている時間が多くなってきました。」と書きました、この思考の停止についてです。

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今年2月に、レナード・ジェイコブソン著 「今この瞬間」への旅の記事を書きましたが、その頃は思考や感情とほぼ同化して日常をおくっていました。9ヶ月たった現在、明らかに思考が停止し易くなってきている実感があります。

普段何気ない時間に、思考している事に気づけるようになってきて、気づいた瞬間に思考は沈黙。そしてまた思考のおしゃべりが始まり、そしてまた気づき、思考が沈黙。

こんな感じで、だんだん意識的に『今この瞬間』に居られるようになってきている感じです。(『今この瞬間』とは、思考が沈黙している状態。)


レナード・ジェイコブソン著 「今この瞬間」への旅のP52〜P53には、

時折、住む家(思考)を離れて「今、この瞬間」を訪れても、あなたはそこに長く留まることはできないでしょう。それはまるで、あなたに取り付けられた架空のゴムバンドがあなたを素早く「今、この瞬間」から、過去と未来のマインドの世界に引き戻すかのようです。

しかしながら、実在に深く存在し「今、この瞬間」により根をおろすにつれ、また、マインドにより意識をもたらすにつれて、ゆるやかなシフトが起こり始めます。その架空のゴムバンドが伸びて緩くなり、あなたはより多くの時間を「今、この瞬間」で過ごしているのに気づくでしょう。エゴはあなたにすぐに帰るように強要しなくなります。

マインドとエゴの、このくつろぎと降伏が警告や通達もなく一日中続くと、あなたの家はマインドの世界から実在の世界にシフトします。今やあなたの家は「今、この瞬間」にあるのです。・・・・・

このシフトが起きると、あなたは人生における重要な変容を遂げます。今やあなたは目覚めています。あなたは「今」という世界にある、あなたの本当の家にいるのです。

と、記されています。

今自分はこの本で言うところの、架空のゴムバンドが伸びて緩くなってきている状態で、思考が沈黙した「今、この瞬間」に留まっていられる時間が増えてきていて、目覚める過渡期にあるのでは。と感じています。過渡期がどれだけの期間あるかは分かりませんが...。笑

意識せずに多くの時間を思考が沈黙してる状態でいられるようになれば、一瞥体験も近いのではないかと思うのです、それが楽しみです。



さて、先々週のヨガワークスTTの様子。

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体の機能的変異や構造的変異を観察して、アーサナをとる際に的確なアドバイスをする為の練習。写真はヨガワークスのFBからお借りしています。


本気モードの目覚めへの歩みと、ヨガスクール、そして仕事。今すごく充実していて一週間が早いです。


今週の記事は以上です。

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2019年11月19日

『在る』と言う感覚


先週のつづきで、

中野真作著 「私」という夢から覚めて、わたしを生きる

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読み終わりましたので、少し書いてみようと思います。


この著者は20代前半に一瞥体験をされた方で、それからの人生の内なる探求を綴った本です。

著者の体験を踏まえて、感情の向き合い方や感情を手放し統合していく方法など、今生での解脱を目指している方はもちろん、自分の感情に振り廻されて辛い方などにおすすめできる本です。



少し自分自身の事を書いてみますと、最近、思考が停止できている時間が多くなってきており、思考が停止している時の、”ただ在る”と言う感覚が以前よりも増して感じられるようになってきました。

この”ただ在る”という感覚は、10年位前に瞑想に凝っていた頃『これか!』と感じ取ったものと同じ内なる”意識”そのものです。

それから葦原瑞穂著『黎明』に出会い、その内なる”意識”を”普遍意識”という言葉で詳細に記していて、衝撃を受けた事は今でも忘れません。


この”在る”という感覚が自分の内に存在しているのが当たり前になっていたので、この感覚をつかめている人が自分の周りにはいないという事に気づけていませんでした。

今通っているヨガスクールで、ヨガ哲学のディスカッションの時間に、この”在る”感覚を伝える事がとても難しい。

ヨガ・スートラではこの”在る”にあたるものを”見る者(プルシャ)”と言う表現で記してありますが、頭で考えてどうにかなるものでもないだけに、みんなと共有できない事を残念に感じました。

思考は通常ほとんどの時間働いている事が多く、瞑想などしてみると分かりますが、思考を止める事が難しく感じるはずでして、数秒なら簡単に思考を止める方法があり、息を吸ってから無理のない程度に呼吸を止める、というものです。

試しに家内にやってもらい、その瞬間”在る”と感じられたか尋ねても、感じ取れないみたいでして...。

”無”が”在る” とか ”空(くう)”が”在る” という感覚。
実際なかなか言葉で伝える事は難しいと分かりました。


ちなみに瞑想時、思考について良い悪いの判断せずに、ただ思考を観察していくことは思考を鎮める方法の一つですが、思考を観察しているのは”誰”か?、思考が沈黙しても尚、観察し続けているのは”誰か?と自分に問う事も内なる”意識”に気づくヒントになると言われています。



感情が湧いてきた時、その感情と同化せずに、感情を正面で受け止め、ただただ観察していく、これが感情の浄化(統合)の作業になると著書に記されていまして。

並木良和さんの統合の方法より、自分はこちらの方が向いているみたいで、最近はこの方法で感情を手放す作業をしています。

しかし冷静に感情を観察できる時と、まだまだそうできない時も多くあり、湧き起ってくる感情は自分の内にその感情がある事を教えてくれているので、その感情を正面で受け止め手放す作業を続けていきます。



今週の記事は以上です。

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2019年11月12日

「私」という夢から覚めて、わたしを生きる


今週もヨガスクール(3日目)の様子から....

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四つん這い時の背骨のニュートラルや、手でマットをしっかり踏む事による肩甲骨周りの違いを確認。

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ヨガスートラに書かれている”無知とは”とか、プルシャ(見る者)、プラクリティー(見られる者)についてみんなで深め合う時間。

写真はヨガワークスのfacebookからお借りしています。

先週はスクールが終わってからも、LINEグループでみんなとヨガスートラについて理解を深めあっていました。

ちょっと前にOUTLANDでNana先生が、「輪廻転生があると思う人」と質問した際に、クラスの半数の人が手を上げていてたのに対し、ヨガスクールの参加者は12人中11人が輪廻転生があるとの認識でした。まあヨガスートラを勉強すると必然的理解できるわけですが...。

ヨガスートラにある、サマディ(悟り、解脱、目醒め)の話をしていると、お一人、自分と同じような方がいらっしゃいまして...。
アセンションの話で盛り上がり、書籍『黎明』をお勧めしたり、青山圭秀氏の著書を教えてもらったりで。ヨガスクールに行く楽しさ倍増になりました。

なんだか引き寄せてる感、半端ないです。笑



さて、今週はもう一つ、今読み途中の『「私」とい夢から覚めて、わたしを生きる』と言う本。

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最近買う本は、サマディ(悟り、解脱、目醒め)に至る為の本ばかりになっていまして...。

ヨガスクールの宿題もやりつつ、今、真剣に取り組まなければならない課題にもしっかり向き合っているわけですが、この本からも幾つか”気づき”を頂きました。

読み終えたら、また記事にしようと思います。


今週の記事は以上です。

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2019年11月05日

ヨガ・ワークスRYT200 2日目


今週もヨガスクールの様子から...

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ワタクシ、決して悪いことをして立たされているのではありません。笑

仲間のポーズを見て、脚、腰、肩の使い方が間違っていないかの確認しあい見る目を養う練習。
先生からの指摘でタダーサナの自分の癖が分かりました。


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こちらはアド・ムカ・シバナーサナ(ダウンドック)
かかとをマットにつけようとしているので、背中が今一伸びていない、かかとをつくより背中の伸びを優先させるようにと、教わりました


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手と足の間隔をあえていつもより広めにしてのアド・ムカ・シバナーサナ(ダウンドック)。

写真はヨガ・ワークスのface bookからお借りしています。


アーサナを一つ一つ丁寧に行う事、やはり重要です。
アーサナは安全に入って、安全にぬける。と言うのがヨガワークスの指導方針。

今週の宿題の一つに、プラサーリータ・パドッタナーサナ(立位の開脚前屈)の指導台本を書く、と言うのがありまして、この指導台本にも安全にアーサナに入って、安全にぬける為の指示も盛り込む必要があります。

こうして勉強していると、自分自身のケガも少なくなると感じました。



さて今週は、前々回記事にしたヨガ・スートラの重要な箇所と同じ事が記されている書籍『黎明』の一部を抜粋してみます。


『黎明』下巻【霊的向上の方法と瞑想】の章

自分の感情の動きや思念の働きを静かに眺め、それに介入しようとはせずに、あたかも第三者が看ているかのように、自分の心が外界の様々な出来事に反応している様子を観察していきます。前途しましたように、日常生活では大抵の人が外の世界の出来事を現実と受け止め、それに主観的に関わっていますから、自分の見ている世界の出来事に「はまってしまう」習慣ができあがっています。・・・・・・外界に対する反応が止んで心は鎮まり、その透明な心を通して、真理そのもので在る普遍意識が展開するように成ります。


結局のところ、日常生活において様々な出来事により、自分自身の感情や心の変化に気づいて、それと同化せずにいること。これが重要で。何度この事をブログに書いたか分かりませんが、自分自身いまだに同化しっぱなしなわけでして.....。ただ同化してる事を捉えられるようには成ってきているので、それをすぐに手放なせるよう目下修行中です。

その次に、感情や心、思考を完全にコントロール下に置くこと。これが当面の目標です。

パタンジャリはこれらを『ヨガ』と言っている訳けでして、自分は日常においても『ヨガ』していると言いきれます。


今週の記事は以上です。

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2019年10月29日

ヨガ・ワークスRYT200時間トレーニング


楽しみにしていた200時間ヨガスクールが先週から始まりました。

初日なので自己紹介から始まり、アーサナの練習、ヨガ哲学、解剖学や、タダーサナ(山のポーズ)のティーチング練習等を行いました。

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写真は yoga works の facebook からお借りしました。


今回一緒に参加される方は12名で、その内4名はヨガのインストラクターをしている方で、さすがに初心者はおりませんで、みんな基本はできていると言った印象でした。

アーサナ(ポーズ)の練習では、初日から壁を使ったハンドスタンド(アド・ムカ・ブリクシャーサナ)の練習をしたりと、レベルの高さが伺えました。
踏みきる足も左右行い、普段と逆側の足で上がるのは難しかったです。

それとティーチング、めっちゃ難しい!
アーサナの基礎とも言えるタダーサナ(サマスティティヒ)は両足を置く位置、地面を踏むポイント、くるぶし、内太もも、骨盤、肩回り等、動かす向きを的確に指示しなければならず、いざやってみると思うように言葉が出て来ませんでした。

あと19回ありますから、まーどうにかなるかな?

宿題も出ますし、アーサナの名前も憶えていかなければならないので、それも大変。

でも好きな事ですので、しっかり自分に落とし込んでいこうと思います。


今週の記事は以上です。

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2019年10月22日

ヨガ・スートラ


ヨガ(ヨーガ)の200時間スクールの課題図書の一つ『インテグラル・ヨーガ』読み終わりました。

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賢者パタンジャリ・マハリシによって説かれた『ヨーガ・スートラ』は、ヨーガの中で筆頭にあげられる経典である。ヨーガの思想を慎重にまとめて弟子たちに解説したのがパタンジャリで、彼が解説するのを弟子たちは、ある種の速記をするように手短に書き留めた。それが後に『スートラ』と呼ばれるようになったのである。

とパタンジャリのヨーガ・スートラについて記された後、具体的なスートラの解説が書かれていました。

スートラの中でも重要なものは2つ。

一つ目は、

『心の作業を止滅することが、ヨーガである。』

心の作用(はたらき、諸状態)の止滅が成し遂げられたならば、その人はヨーガの最終目標に到達した事になる。・・・ヨーガ科学の全体が、この一点に立脚している。


二つ目は、

『そのとき、見る者【自己】は、それ本来の状態にとどまる。

あなたはまぎれもないかの〈見る者〉である。あなたは身体でもなく、心でもない。あなはた〈知る者〉すなわち〈見る者〉である。あなたはいつも、自分の心と身体が眼前で行為しているのを見る。あなたは、心が、思考を、識別を、そして欲望を生み出すことを知っている。見る者はそれを知っているが、それに巻き込まれることがない。

『ヨーガ・スートラ』は上記二つのスートラがメインでその他のスートラはそれをより細かく説明するものとなっています。


と、ヨーガ・スートラも『目醒めの為の経典』という事が分かります。

まあ、本質的にそれしかないのであたりまえと言えばあたりまえの事なんですけどね。

ヨガと言うとアーサナ(ポーズ)が主体になってしまいますが、本来ヨガとは目醒めるたものもので、アーサナはその過程としての一部分ということもハッキリ分かってきました。


個人的には、『ヨーガ・スートラ』より『「今この瞬間」への旅』の方が理解しやすいですし、スーット自分の中に入ってくるような感じがします。

とは言っても、目醒めの為の経典だけあっていくつか気づきも得られましたし、読むことが出来て良かったです。


さて、今週から200時間ヨガスクールが始まります。メッチャ楽しみです。


今週の記事は以上です。

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2019年10月15日

目覚めの催促


数日前にも大きい台風が来て日本列島に甚大な被害をもたらしました。

この辺りは幸いにも前回の15号程ではなかったものの小学時代の学区内で竜巻の被害がでて、映像で見てもひどい状態で、特別平らな地形でも無いのに、もういつどこでどんな事が起きても不思議じゃない時を向かえているんだと、実感したのであります。

並木さんの動画では2020年頃まで動乱の時期と言っているだけあってホントその通りだと思ったわけです。


それで自分が今やらなければならない、目覚める為に真剣であることの重要性を身に染みて感じました。

人の想念というのはすごいパワーを持っている事は理解していますので、例えば争いの絶えないような感情を多くの人が抱いていたとすればその集合意識はいつしか戦争という形になって表れてしまいますし、多くの人が常に穏やかな心持ちで在れば必然的に平和な世の中となります。

多くの人(特に自分の事ですが)は、まだまだ自身の思考や感情をコントロールできずに、気づけば思考にどっぷりつかり、チョットした事で感情が高ぶったりで、『今この瞬間』に留まり続ける事がまだまだ出来ていないと思うのです。

本当の平安とは、思考や感情に左右されず、それを超越した静寂のなかにあるこの意識と自分が同化し、さらには自分と認識しているものが消えて、ただある意識の状態が訪れた時、それはもう愛そのもので、本当の平安であって、目覚めであるわけですが、多くの人がこのシフトの時期を迎えていると、並木さんにしても、『黎明』や『今この瞬間への旅』、『ニュー・アース』等多くの書籍がそれを事象しています。

ですので今回の台風も地球からの目覚めへの催促だととらえて、目覚める為により真剣にならなければならないと感じた次第です。


今週の記事は以上です。

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